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HOME | BLOG | 2018年ブログ | 2018年10月第32回釜石市民劇場~伝説 浜の孝子 両石村庄助と鐘

第32回釜石市民劇場
伝説 浜の孝子 両石村庄助と鐘 が公演されます。

開催日: 11月10日(土)11日(日) 
会場:釜石市民ホールTETTO ホールA
釜石市民ホールTETTO https://tetto-kamaishi.jp/

平成9年の「漁りの孝子両石村庄助」

画像は平成9年の「漁りの孝子両石村庄助」パンフレットの表紙


震災後、シープラザ遊で公演を重ねてきた釜石市民劇場公演。今年は新しくできた釜石市民ホールTETTOで行われます。今回のお話は平成9年の「漁りの孝子両石村庄助」のリメイクになるそうです。両石村庄助は 鵜住居小史資料、釜石通史、等々の資料に取上げられる程、人心無垢な親孝行だったようで、そのお話の内容は是非公演を御覧いただければと思います。
そこで「鵜住居小史」を参考にし、その両石村庄助が暮らしていた当時の様子を調べてみました。
 

 ●昔の人は米を沢山食べてた?

まず釜石の年表をみてみると
 
"1755年 宝暦5年乙亥 5月9日 両石村庄助孝行につき一生二人扶持を下さる"
とあります。
 
 「一生二人扶持?   二人 扶養 持つ・・・?」
 
二人扶持とは
"食い扶持(くいぶち)"にも使われる漢字です。一人扶持は、当時1日に許されていた玄米の標準が5合だったそうです。ですので、二人扶持とは倍の1日1升となります。一汁一菜で米を多めに食べてたのでしょうか?しかも庄助さんは1742年生まれ、褒賞を受けたのが1755年、つまり13~4歳のまだ子供です。
 
予想ですが、おそらく米の一部を現金に替えて生活していたのかもしれません。
いずれにしろ、2倍の褒賞を受けるくらいですから、庄助さんは幼くしてまわりから尊敬を受けていたのでしょう。
 
 


●エラコを食べていた?

寛政元年(1789)庄助さんが46~7歳の頃、南部藩主南部利敬の頃の両石村、箱崎村、片岸村の船改め(役人の検品)の記録とともに、大槌地区の産物として以下の記載があります。
 
鰯〆粕、赤魚同、鰹、同節、鮭、同塩引、干鯣(するめ)、赤魚、魚油、鱈、海膽(うに)、エラコ、キンコ(?)、生海鼠(なまこ)、章魚(たこ)、鱒、田作(たづくり:かたくちいわしの幼魚を干したもの)、岩葺、布海苔(ふのり)、カラガビ(?)、塩、イリコ、白干鮑、メノコ(ホソメコンブを干したもの)、塩海苔、魹(とど)、ホヤ、磁石、絹糸 とあります。 
 
エラコとトドが産物として記載されています。
エラコについてあえて画像は載せませんが、現在ではミミズのかわりになる釣りの餌です。食用のエラコとして古老の語り草となっていた。とありますので、本当に食べていたようです。調理法がきになります。
 


●トドも食べていた?

トド供養塔 鮭供養塔

トド供養塔 鮭供養塔


 釜石駅方面から三陸自動車道の下道45号線を両石方面、水海トンネルをくぐると直ぐ左側に鮭供養塔と魹(とど)供養塔を見つけることができます。トド漁をおこないそれを供養したものです。魹供養塔は安政5年(1858)に建立されたようですので、庄助さんがお亡くなりになってから間もなく、数十年後の碑です。
 
トド漁とは
・トド漁は徳川時代から明治29年の津浪当時まで行われていた。
・その明治の津浪で高価な麻網が流失、人命も多く失い、漁はできなくなった。
・漁は12月~5月までの季節で両石集落男子が総動員された。
(庄助さんも参加していたのかもしれません。)
・早朝、麻網でトドの群れを取り囲み漁を行った。
・大きいものは4m近く重さ1トン以上あった。
・肉は塩漬けにし盛岡に送られ、皮はカバンやセワタ(?)につかわれた。
・売上代金は集落全戸平等に配られた。
 
とあります。
三陸広域ではトド漁が珍しいものではなく、冬の貴重な栄養源になっていたそうです。
全国様々な動物供養塔があるなかで、トドを供養しているのはここだけかと思います。釜石の食文化を知るうえでの貴重な歴史遺産となっています。
 
ちなみに、川がない両石に鮭供養塔があるのは、定置漁業による鮭の増産の功績とその鮭の供養をしたものだそうです。
 

●あわびの解禁日はなかった?

現在あわび漁は資源保護のため、漁の解禁日が設けられています。明治の中頃まではそれがなかったようです。
 
明治22年遠島方面に出稼ぎ中の者が、今の鏡(箱メガネ)及び「カギ採り」の使用方法を会得して帰り、漁獲高も倍増するようになった。それ以前は海面に油を注いで、ヤスで突いてひねりとっていたため、年中採鮑をしても繁殖に影響がなかったとあります。
 
海面に油を注いで海の底を覗く・・・? どれだけ水中が見えていたのか疑問が残りますが、明治22年以前はこの漁法が使われていたようです。おそらく親孝行の庄助さんも油を注いで覗いていたのかもしれません。決して油は売ってなかったと思いますが・・・。
 
*箱メガネとは、箱の底にガラスをはめ込んだ物。水面から水中を覗くのに使われています。
釜石郷土資料館展示の箱メガネ

釜石郷土資料館展示の箱メガネ


●まとめ

当時の両石村の漁業を調べてみると、庄助さんの暮らしぶりが少しみえてきたように思います。また、三陸は世界三大漁場の一つでもあり、漁に関する歴史資料が沢山残っています。釜石郷土資料館には、昔の漁具の展示もしております。釜石市民劇場公演前に、当時の漁の様子と釜石市民劇場の公演とを重ねてみてはいかがでしょうか。
 
釜石郷土資料館展示の和船(ダンベ)

釜石郷土資料館展示の和船(ダンベ)


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